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一般財団法人 R-INE財団 

森川如春庵顕彰会

趣意書

本会は当時(天下一の田舎家)と謳われた(如春庵田舎家)の再現と如春庵の顕彰及び茶道文化の普及発展を目的に設立された財団法人です。

如春庵田舎家はその後2024年3月30日覚王山日泰寺(覚春庵)として復元されました。

経緯は後述の蘇った(天下一の田舎家)参照のとおりです。

田舎家は如春庵亡き後、名古屋市に寄贈され解体された後、移築場所を模索するも二転三転し2020年に至り、本法人が設立されこれまでの活動経緯を引き継ぎました。

そしてようやく日泰寺の英断のもと境内に竣工となりました。

本法人は名古屋を代表する茶人森川如春庵の歴史的意義と茶道会に与えた影響を顕彰し茶道文化の発展、引いては日本の精神文化の再生を目指した活動を推進します。

昭和42.43年に名古屋市に寄贈された(森川コレクション)茶道具等188件(本阿弥光悦作時雨茶碗等)を通じて如春庵の卓越した鑑識眼、名品収集等を顕彰します。

一宮苅安賀の森川邸(国登録文化財)記念館構想と森川邸改装の推進をします。

今後の活動は日泰寺(旧蔵如春庵田舎家)での茶会の開催、苅安賀森川邸での茶会、茶道華道三曲日本舞踊など日本伝統文化との共同企画、コンサート、講演会等の開催をします。

皆さまには是非本会趣旨にご賛同賜りご参加願えますようよろしくお願いいたします。


令和6年5月吉日

代表理事 埜本 修

覚王山 日泰寺に甦った「天下一の田舎家」こと
『覚春庵』

建物の謂れ

森川邸田舎家は、中京を代表する茶人、如春庵森川期一郎(1887-1980年)の別邸にあった野趣豊かな農家風茶室です。元は木曽川沿いにあった庄屋屋敷で江戸時代初頭の建築とされ、一説には室町後期ともされる日本有数の古民家です。如春庵が昭和初頭に名古屋市千種区菊坂町の別邸に移築し、鈍翁益田孝、箒庵高橋義雄ら名だたる茶人が来遊。当時「天下一」と称された茶道文化史的にも貴重な建築です。入り母屋造り茅葺平屋百五十二平米。

経 緯

森川邸田舎家は、1986年名古屋市に寄贈され幾多の曲折を経て、如春庵没後44年、ゆかりの覚王山に再建されました。没後長らく不遇だった如春庵は稀代の古美術コレクターとして再評価され、頓挫していた田舎家も再建機運が到来しました。中京茶道界挙げて広く浄財を集めるなど、多くの厚志と日泰寺の勇断のもと、名古屋市、日泰寺、森川家、森川如春庵顕彰会の四者協定が成って境内に復元。文化発信と地域振興の拠点として今後は日泰寺の管理のもと、その歴史的価値と意義を重視し、顕彰会と連携を持ちながらの活用が期待されます。期待されます。

国登録有形文化財
森川邸 本宅「記念館」

茶室 覚王山花壇

茶室 犬山茶舘

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〈 事業・主な活動 〉

1.覚王山日泰寺内「覚春庵」での茶会の開催

2.国登録有形文化財 森川邸「記念館」での茶会、能狂言、
  コンサートなどを開催

3.覚王山花壇内の茶室「花壇」の活用

4.会報など出版物の発行

5.親睦会、パーティーなどの懇親会の開催、史跡、名所、
   神社仏閣巡りなどの小旅行の企画
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法人概要

   
 名  称  一般財団法人 R―INE 財団 森川如春庵顕彰会

 所  在  〒464-0065
         愛知県名古屋市千種区堀割町 2-6-12
 設  立  日   2020 年 10 月組織
 最高顧問  江口 克彦
 顧  問  野口 裕記
 顧  問  庄司 宗文
 顧  問  伊藤 妙宣
 顧  問  松尾 宗典
 顧  問  蜂谷 宗玄
 顧  問  下村 宗隆
 顧  問  辰巳 満次郎
 代表理事  埜本 修
 理  事  森川 真依
 理  事  木村 宗慎
 理  事  所 源亮
 評議委員議長  長谷川 法子
 評議委員  愛澤 伯友
 評議委員  森川 信江

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移築された歴史ある森川如春庵田舎家の茶室をご利用いただくことができます。
茶会・歌会などに広く利用できます。

一般財団法人 R-INE財団 森川如春庵顕彰会

〒464-0065 名古屋市千種区堀割町2丁目6-12
TEL : 052-762-8228 / E-mail : info@r-ine.com
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